東京高等裁判所 昭和45年(う)655号 判決
被告人 西川信吉
〔抄 録〕
次に論旨は、原判決は、被告人は自首したものであるとの原審弁護人の主張を排斥し、自首には該当しないとの判断を示しているが、なるほど被告人は警官に「君がやつたのか」と尋問されて自白するに至ったのであるから、厳格には刑法四二条一項の字句に該当しないかも知れないが、被告人は本件犯行後、事の重大さに仰天し、負傷した安藤を病院に運び、その際既に安川の件で病院に来ていた警官に安藤をベツドに運ぶのを手伝つて貰う咄嗟の場合であり、自分から進んで警官に犯罪事実を申告する寸前に尋問される結果になつたのであるから、法文上の解釈は別として、被告人の右所為は刑法四二条一項の自首に該当すると思料するといい、また、原判決は、被告人の本件犯行は過剰防衛であるとの原審弁護人の主張を排斥しているのであるが、被告人は「帝王」での安藤との喧嘩闘争中、安藤の兇器で身の危険を感じ、その場を立去らんとしたが、原判示自動車の中で安藤の執拗な攻撃に会い、止むを得ず安藤が右「帝王」から持ち出したアイスピツクを取り上げ、夢中で安藤に反撃を繰り返えしたものであり、アイスピツクを取り上げた後においても、極度の興奮のため精神状態の正常を欠き、判断力を失い正当防衛的な手段に出でたというのが実情であるから、被告人の所為は防衛行為の継続であると見るのが妥当であり、ただその程度を超えたに過ぎないのであつて過剰防衛に該当すると認むべきである。それ故、原判決には、以上の点において、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認の違法があると主張する。
よつて、按ずるに、被告人の検察官に対する昭和四五年一月九日付供述調書および司法巡査作成の緊急逮捕手続書によれば、被告人は、本件犯行当日の午前三時頃、タクシーの運転手らと共に、被害者安藤を山崎病院に運びこんだ際、安川秀雄の事件で既に同病院に来て同人に対する手術の終るのを待つていた司法巡査日高一昭において、被告人の服やシヤツに血がついており、手にアイスピツクを持つていたため、被告人に対し「どうした」と尋ねたが、返事がないので、「君の血は」「手に持つているのは何だ」と繰り返えし職務質問をした結果、被告人が「これ(アイスピツク)で私がタクシー内で刺した」と犯行を自白したことが認められ、被告人が進んで同巡査に本件犯行を申告したものとは認められないから、右は刑法四二条一項にいう自首には該当しないというべく、この点に関する原判決の判断は正当である。また、所論過剰防衛の点についても、原判決の掲げる証拠、特に被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書によれば、原判示の如く、被告人は走行中のタクシー内で、安藤からアイスピツクを取り上げるや、同人を殺害するも止むなしという意思の下に、これを以つて同人に対し執拗な攻撃を加え、同人の全身に合計約四八個の刺切傷を負わせ、殊に原判示館山臨港倉庫付近でタクシーを停車させた際、安藤が逃げようとして車外に転落した際、立上つた同人の背後からその足を掛けて転倒させ、同人の上に重なつて乗りかかるような体勢で右アイスピツクで安藤の身体を滅多突きし、遂に同人をして言葉も発せず動くこともできない状態に陥らしめたことが認められるから、到底防衛行為とは認め難く、従つて過剰防衛の成立する余地もないのであつて、この点に関する原判決の判断も正当である。原審記録を調査し、当審における事実取調の結果に徴しても、原判決には所論のような事実誤認は存在しないから、右所論は採用できない。
(井波 足立 丸山)